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ニューヨークで初めてホテルにチェックインしたとき、フロントでクレジット・カードの登録をすると、コピーと共にカードを返してくれた。これでチェックインの手続きは一切終わり、部屋のキーをもらって入室となる。
次のロサンゼルスのホテルでも同様の手続きで済んだのに、ラスベガスで異変が起きた。
チェックインして部屋に落ち着き、さて、大阪やボストンに無事到着を知らせようとダイヤルしたが電話がつながらない?フロントに聞いても早口の英語でまくしたてられてどうにもならない。
翌朝、再びダイヤルしたが同じこと。ここで、チェックインしたときフロンでクレジット・カードの呈示を求められなかったことにハッと気がついた。
孫の和喜と共にフロントへ行き、係りの黒人女性にクレジット・カードを見せると「I'm sorry!」と謝罪されて登録完了。以降は全く支障なく通話できるようになった。
ハワイでは、和喜がレンタカーで観光しようと計画し、借りに行ったらクレジット・カードの呈示を求められ、無いと言ったら保証金を$500預かると言われてむくれて帰ってきた。
アメリカでは、このようにクレジット・カードは信用保証の絶対条件であり、同時に多額の現金を持ち歩く必要もない。もちろん、預金通帳から引き落とされるのは帰国後で間に合う。
さて、KKK団をご存じですか。これまで私は一昔前のたとえば土佐勤皇党とか奇兵隊などが世に出てきたような錯覚をもった。
そうです、名作「風とともに去りぬ」の終盤に出てくる黒人排斥のテロ組織です。主人公スカーレットの頼りない夫、製材所を営む彼が実はこのテロ組織の一員で、テロ襲撃に失敗して重傷を負いレッドバトラーに助けられて家に倒れこむ場面があった。
このKKK団が、いまだに黒人へのテロ行為を続けているというニュースには本当に驚かされた。世界で最も進んだ文化を育ててきたはずのアメリカにしても、この始末である。
一見、人種差別は解消されたかのようでも実は少しも解決されていない。大都市では黒人の知事や市長も出てきているのに、夜の街を一人で歩けないのがアメリカである。
最後に銃規制の問題。日本ではナイフによる殺傷事件の低年齢化のために、その規制が論議されているが、アメリカでは続発する銃乱射事件の低年齢化で銃規制が問題となっている。
私達が考えてもそれは当然の措置なのに、なぜ銃規制ができないのか?アメリカに住むミチコ夫妻の回答は極めて明快であった。
それによると、全米ライフル協会を頂点とする銃の製造販売業者の団体が、強大な政治的圧力団体であるからで、例えにして悪いが日本の農協、あるいはそれ以上の力を持って議会を牛耳っていて、余程のことがないかぎり銃所持禁止など、夢のまた夢だろうということだ。
ミチコ夫妻は続ける。「それでも私たちは銃を所持する気は毛頭ないし、何十年かかろうがアメリカも銃の無い国になってほしい」
1998年9月17日、早朝6時。ワイキキの海の上に大きく美しい虹がかかり、帰国する私たちを見送ってくれた。
ハワイ時間12時40分発のJAL。1ヶ月ぶりの日本語を使えるフライトで、9月18日、15時40分に関西国際空港に戻ってきた。
滞米中の「すべて」に感謝したい--!
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