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アメリカ人気質・その生活

 ニューヨークのブロードウェイで、昼火事に遭遇したことがある。
 映画館が燃えていて、消防隊が懸命の消火活動を行なっているが、驚いたことに野次馬がまったくいなくて、道を走る車も止まらないし速度もゆるめない。
 他人のことは全く無関心なのか、それがベストの個人主義なのが私には分からない。以前に書いた職業意識に裏打ちされたものが土台になっているように思われる。
 普通の家庭生活は以外に質素である。
 5番街を闊歩するファッション誌から抜け出たような美女が片手にミネラルウォーターのペットボトルを振りながら、颯爽とセルフサービスの店に入り、例の大きなサンドイッチを大口を開けてぱくつくのは当たり前の光景でありアメリカ映画に出てくるような派手な生活は全く見られないほど健全だ。
 さらに、日本人の生活に完全に入り込んでいる酒との接触は、一般の家庭生活にはほとんどないし、酒席でまとめるという日本流のビジネスも通用しない。
 ましてや我々に根付いてしまった、アルコールの介在するクリスマスや忘年会、新年会もアメリカでは日本人社会だけに通用することであり、そうのような宗教的な行事は家庭の中で、その幸福を神に感謝を捧げるのがほとんどである。余談だが、バレンタインデーのチョコレート騒ぎなど彼らにとっては笑止千万に違いない。
 もちろん例外はあろうが彼らは実によく働く。ただし、いたずらにだらだらと時間を消費するような勤務態度をとれば、それが自分の破滅につながることをよく承知しているから、定められた条件に同意した以上は、その中で自らのベストを尽くす。航空機の乗務員、デパートやホテル、レストランの従業員など若い女性たちの勤務態度を見ていて、いつも感心させられたものだ。

 ミチコの夫、Jackはハーバード大学を卒業したあと、ロータリークラブの奨学金を受けて日本の東北大学に1年間留学した。
 帰国後、スタンフォード大学院経営学科を卒業し、コンピューター・ソフト会社のロータスに入社。与えられたプロジェクトは同社の日本進出である。
 彼の日本語能力を買われたものだが、夫婦で日本に赴任して3年間の努力で東京に支社を設立して日本支社を任命され、白紙から見事に日本進出の実績をつくり業績も挙げ、責任を果たしてボストンに引き揚げた。
 ここからが日本と違って、彼らは自分の働くプロジェクトを自分で創出しなければならない。つまり自分の働き場所を自分で作らなければ、それは失職を意味する。夫婦で熟慮した結果、彼は退社して自分の経験を活かし、経営コンサルタントとして独立。3年間で培った日本での実績をもとに日米企業のジョイントを仕事にして10年、ようやく軌道に乗ってきた現在である。まことに厳しい現実ではあるがそれが本当の姿なのだ。

終章

 ニューヨークで初めてホテルにチェックインしたとき、フロントでクレジット・カードの登録をすると、コピーと共にカードを返してくれた。これでチェックインの手続きは一切終わり、部屋のキーをもらって入室となる。
 次のロサンゼルスのホテルでも同様の手続きで済んだのに、ラスベガスで異変が起きた。
 チェックインして部屋に落ち着き、さて、大阪やボストンに無事到着を知らせようとダイヤルしたが電話がつながらない?フロントに聞いても早口の英語でまくしたてられてどうにもならない。
 翌朝、再びダイヤルしたが同じこと。ここで、チェックインしたときフロンでクレジット・カードの呈示を求められなかったことにハッと気がついた。
 孫の和喜と共にフロントへ行き、係りの黒人女性にクレジット・カードを見せると「I'm sorry!」と謝罪されて登録完了。以降は全く支障なく通話できるようになった。
 ハワイでは、和喜がレンタカーで観光しようと計画し、借りに行ったらクレジット・カードの呈示を求められ、無いと言ったら保証金を$500預かると言われてむくれて帰ってきた。
 アメリカでは、このようにクレジット・カードは信用保証の絶対条件であり、同時に多額の現金を持ち歩く必要もない。もちろん、預金通帳から引き落とされるのは帰国後で間に合う。

 さて、KKK団をご存じですか。これまで私は一昔前のたとえば土佐勤皇党とか奇兵隊などが世に出てきたような錯覚をもった。
 そうです、名作「風とともに去りぬ」の終盤に出てくる黒人排斥のテロ組織です。主人公スカーレットの頼りない夫、製材所を営む彼が実はこのテロ組織の一員で、テロ襲撃に失敗して重傷を負いレッドバトラーに助けられて家に倒れこむ場面があった。
 このKKK団が、いまだに黒人へのテロ行為を続けているというニュースには本当に驚かされた。世界で最も進んだ文化を育ててきたはずのアメリカにしても、この始末である。
 一見、人種差別は解消されたかのようでも実は少しも解決されていない。大都市では黒人の知事や市長も出てきているのに、夜の街を一人で歩けないのがアメリカである。

 最後に銃規制の問題。日本ではナイフによる殺傷事件の低年齢化のために、その規制が論議されているが、アメリカでは続発する銃乱射事件の低年齢化で銃規制が問題となっている。
 私達が考えてもそれは当然の措置なのに、なぜ銃規制ができないのか?アメリカに住むミチコ夫妻の回答は極めて明快であった。
 それによると、全米ライフル協会を頂点とする銃の製造販売業者の団体が、強大な政治的圧力団体であるからで、例えにして悪いが日本の農協、あるいはそれ以上の力を持って議会を牛耳っていて、余程のことがないかぎり銃所持禁止など、夢のまた夢だろうということだ。
 ミチコ夫妻は続ける。「それでも私たちは銃を所持する気は毛頭ないし、何十年かかろうがアメリカも銃の無い国になってほしい」

 1998年9月17日、早朝6時。ワイキキの海の上に大きく美しい虹がかかり、帰国する私たちを見送ってくれた。
 ハワイ時間12時40分発のJAL。1ヶ月ぶりの日本語を使えるフライトで、9月18日、15時40分に関西国際空港に戻ってきた。
 滞米中の「すべて」に感謝したい--!

自由の女神
ご愛読感謝
 今年(1999年)2月、ロータリークラブの当時の稲本会報委員長から要請を受け、おこがましくもペンを執りエライことになったと思ったが、ご覧の通りの“アメション・レポート!?”で、流行り言葉で申すなら私の独断と偏見に満ちたものであり、お恥ずかしい次第である。
 なんや、今頃アメリカなんて・・・・・・とお叱りを受けるのは覚悟のうえで、ご愛読くださった方にも、そうでない方にもお礼とお詫びを申し上げます。本当にありがとうございました!

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